「習慣」というものは意外とすごいのかもしれない。意味が無化してダンス化するような感じか。

2020/01/30 習慣化
人間の生理なのかどうかはわからないんだけど、同じことを何度も繰り返すと、意味が無化してくる。

images.jpg


最初は抵抗感があったり、それ自体の意味とかを考えちゃったりするけど、何度も何度も繰り返してゆくうちに体が段取りを覚えちゃって、ダンスの振付のように馴染んでくる。もう何も考えなくてもそのダンスが踊れるようになると、ちょっとずつアドリブを入れたり、緩急メリハリをつけてみたり、という余裕が生まれてくる。楽しくなったりはしないかもしれないが、こういう「余計なことは考えずに踊れる」という状態が習慣化の凄さだな、と。

何があったかというと、私は家事が嫌いで、特に食器洗いとか台所仕事が嫌いだった。
そんな私でもおよそ10ヶ月前から、家族の朝ごはんの準備とその後の皿洗いや片付けをほぼ毎日続けられている。

最初は、めんどくさいなぁ、を通り越して、なんで俺がやらなきゃならんのだ!くらいの気分だったし、次第に「そもそも朝ごはんって必要なのか?」とか「名古屋の人は朝から外食するらしいぜ」とか、かなり後ろ向きな思考と姿勢だった。酷かった。

しかし毎朝やっていると、だんだんとグルーヴのようなものが生まれてくる。段取りがルーチン化されてくる。

やかんでお湯を沸かして、その間にフライパンでオムレツを作って、並行してウインナーとブロッコリーは茹でておく。
お湯が湧いたら火を止めてコーヒー淹れる、トースターでパンを焼く。テーブルに食器を並べたら家族を起こして台所に呼び集め、食い物を各自の皿に配分する。
20分くらいで食べ終わって、食器を集めて洗って拭いて収納する。ゴミはまとめる。

毎日繰り返す。この振り付けのダンスを毎朝踊る。


人間って「いつも通り」が好きで、そうじゃないとストレスを感じる生き物なんだろうね。
だから、無理やりの「いつも」を作ってしまえば、最初はすごいストレスなんだけど、もともと備わっている環境適応能力が発動して、本当に「いつも通り」の状態に落ち着く。

今書いているこの記事は、朝ごはんの後片付けが終わったあとに書いている。
これも毎日の習慣にしようと思って。
ただ、毎日同じようなことを書いてしまわないように気をつけたい。


コメントをどうぞ。 現在0件

あなたが最初のコメントを書くのです。