イーゴン自治区

Sahnyaの「バイク」

2021/05/21 sahnya
YOUTUBEの再生リストとか、AmazonMUSICまたはスポティファイのプレイリストに、気に入っている曲と出会ったらその都度追加しているわけなのですが、月日が経つにつれて曲が増えすぎちゃうから、定期的に中身の入れ替え戦をやるわけです。
これらのプレイリストには、当然自分が好きになった曲しかないから、私にとっては全部名曲。
なので、この新陳代謝のタイミング、好きだった曲を削除するのは辛いお別れです。

ちがうんだ、べつに君を嫌いになったわけじゃないんだ。
そう、例えばね、うなぎ屋さんのタレってあるじゃん?老舗のうなぎ屋さんね。火事とか地震になったときに、15代目の店主が「これだけは持っていく」っていう大事な瓶みたいのに入ったやつ。江戸時代から続いている秘伝のタレね。毎日使っては足し、使っては足し、っていうループを300年間続けてるやつ。あれって、ただ継ぎ足しているだけじゃなくて、毎日使ってるから量が減ってもいるわけで、足してる分と減ってる分で毎日プラマイゼロの新陳代謝を300年続けてるのよ。でもさ、それって人間の細胞の代謝と同じで、3カ月で体中の細胞は全部入れ替わるっていうじゃない?つまり今の俺と3カ月前の俺は、まったく別物って事じゃん。それと同じことで、その秘伝のタレの中身はもう昔のとは全然別物なんだと思うんだよね。しかし、今までこの瓶にあったすべてのタレ達の記憶が、その店の「味」を形作っていると思うんだ。
だから今回ね、一旦ね、僕のプレイリストから君を外すわけだけれど、君といた記憶が僕のプレイリストの「味」そのもの、ということなんだよ。


というような、別れ際の屁理屈は、もう大人なのでしなくなりました。

「ごめん、もう好きじゃない。」とつぶやいてサクッと削除ボタンを押すだけだ。バイバイ。


このように代謝を繰り返している私のお気に入りプレイリストに、この2年くらい上位に残り続けている曲があります。

それがこれだ。




無計画が災いして、帰りのバスに乗れなかったんだ
っていう歌い出し、すごく好きです。

sahnyaというアーティストの「バイク」という曲です。「サーニャ」って読むのかな?
トラックもすごく好きで、歌ってる声も好き、

このYOUTUBEのチャンネルの中のリストにまとまってたんですが、「My poetic scenes」っていうリストに11曲あって、たぶんアルバムなんだと思う。他の曲も大体いい曲だったけど、この「バイク」がすごく好きでずっと聴いてます。シャッフル再生してるので、下手したら毎日聴いてる可能性が高いです。

ざらっとした質感のボーカルと、トラックのズラしたエディットがまあちょうどいい塩梅です。
ディアンジェロVooDoo世代なので、あれ以降のトラック作りのマナーって継承されてスタンダードになってんだろうけど、こういうフロウするように作られたトラックって、ボーカルとの兼ね合いで相互に輝くものなので、この組み合わせがいいんだろうなと思う。

歌詞の内容は、ちょっとした「夏の失敗」のようなシーン。
こういうの自分にも心当たりあるなと、想い出がよみがえるような感じ。

帰り、すげぇ距離あんのに、バスに乗り遅れて、
行けるっしょ、って歩いて帰ろうとするけどサンダルだし足超痛いし、金もないからしょうがねえし、友達も冗談通じなくなっちゃってベソかいてるし。
という具合のダメな感じの想い出なんだけど、こういうのが尊かったんだよな、こういうのを大事にしてたんだよな、って思う。

この「バイク」のワンシーンのような失敗が、今年も来年も、毎年毎年どこかの夏の国道で発生していて欲しいと思う。



ちなみに、この曲を知ったのは、ユリナジア(yurinasia)っていうダンスの人のYOUTUBEチャンネルがあって、ダンス教室をやってんだと思うんですが、そこで、生徒と一緒にいろんな曲で踊る動画があるんです。
それが以前から好きで良く見てるんですが、そこでこの動画見て知ったの。選曲がいつも良い。




このチャンネルも好きなので、別の機会にご紹介しますね。
後列でいつも踊ってる子が、回を重ねるごとにだんだん上手になってるのが面白い。



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