イーゴン自治区

失われた何かを埋めるノイズ

2021/06/27
「あなたの関心を教えて下さい」のコーナーに「ハラダさん」から書き込みをいただきました。ありがとうございます。嬉しいです。
早速ご紹介いたします。


お久しぶりです。また更新し始めたようで嬉しいです。

最近のおすすめです。




コロナ禍だからなのか、ストリートで演奏される音楽に惹かれるようになっています。

リモート画面分割セッションはもう十分だなあといった感じ。

森山直太朗さんのにっぽん百歌FIRST TAKEへのアンサーな感じがして好きです。




2個目の動画(MEUTE「YOU&ME」)は去年くらいに観て超好きです。かっこいいですよね。
3個目のは初めて見ました。すごく面白い。教えてくれてありがとうございます。


さて、ハラダさんのコメントにもあったように「リモート分割セッションはもう十分」っていうの、よくわかります。


コロナ禍で爆発的に一般認知された事の一つに「ZOOM」がありますよね。ああいうテレビ電話みたいなやつって、スカイプとか、Googleハングアウトとか既にあったし、別に画期的なサービスではないですよね。ただ、一般的にそこまで使う必要がないサービスであったことは否めませんね。しかしそうはいかなくなってきた。リモートワークの必要性とともにZOOMですよ。ZOOMはプロモーションのタイミングが良かったんでしょうね。商機を掴むってこういうことだなぁと思いました。

そして新しい道具を知った人々はZOOMをいじり始めた。ZOOM飲み会とかね、そういうバリエーションですよ。

ZOOMを使えばこんなことができるよー、って。
ぼくら離れ離れでも、リアルタイムでこんなことができるんだよー、って。

新しい道具を手にした人類は、その活用方法を探り始める。今までできなかった事ができるようになった驚きと興奮がまず先に押し寄せ、やがて後から「慣れ」と「飽き」がやって来てくるのです。

その代表的なものが、別の空間にいる複数の人たちが、いくつかに分割された画面に映し出され、時間にタイミングが同期した状態で会話やダンスや楽器のセッションが行われるコンテンツです。
これは、「コロナ禍で同じ空間に居られないから」という行動を制限された事を逆手とったイノベーション的な表現ではなく。むしろ「わー、ZOOMってこんなことできるんだね」っていう、ZOOMっぽさを面白がっているだけのことでしょう。ドローンの空撮映像が面白い、とか、360度カメラの映像が面白い、とか、そういうテクノロジーに対する脊髄反射みたいなものだと思います。そういうのって、必ずしもコロナ禍で失われた「何か」を補填するものではないので、そりゃまあ、すぐ飽きられるわな、と思います。


では、我々は何を失ったのか?何を渇望をしているのか?
きっと、「ノイズ」を失い、「ノイズ」を求めているような気がします。

ハラダさんが勧めてくれた動画は、ノイズにあふれています。
森山直太朗のにっぽん百景もそうですね。第一回の動画は焚火が燃えるパチパチしたノイズが聞こえます。

無菌でハイファイでクリーンな情報。デザインされてノイズがない商品は品質が高い、という価値観だった時代があったとして、または、その逆のローファイなものが「逆にいいよね」という反動の流行もあったとして、そのうえで今感じるのは、偶然的な要素やコントロールできない要素(ノイズや周囲の反響)を含んで100%とする完成品が意図的に作られているという事です。
FIRST TAKEってそういうやつじゃないすか。あと、街録チャンネルとか。あとは空港ピアノとかも。
基本的なシンプルで太いコンテンツの軸はありつつ、それをより魅力的に感じさせているのが、偶然のノイズを「あり」としてパッケージされた時間。それがどうやら、観ている人の乾いた何かに染み込むんじゃないかと思います。

来年とか、もしも世界から新型コロナウイルスが消えてしまったら、または、人類が何らかの方法でウイルスに打ち勝ったとしたら、私たちの生活や価値観は元通りになるのでしょうか?こういうノイズをあまり求めなくなるのでしょうか?

たぶん、ならないと思うのです。

きっと、人類は前に進んでしまうんだと思います。戻るなんてことはきっとないんです。
こういうノイズなコンテンツの面白さを覚えてしまったので「もういらないよ」とはならないと思います。むしろ「これくらいがちょうどいい。」と思う人もいると思います。

「LIVEを収録した動画」は「LIVE」の代替品ではなく、まったく別のコンテンツだと思うんですよ。どこがどう違うのかってのが、まだうまく説明はできないんですけどね。


ハラダさん、またなんかいいやつあったら教えて下さい。よろしくお願いします。

コメントをどうぞ。 現在4件

あなたが最初のコメントを書くのです。

イーゴン

ハラダさん
面白いテーマかもしれないですね。
なんか凄い身体表現だけ集めてみようか。ユーチューブの再生リストに貯めて、勝手に講評とかしたい。
別途コーナーを企画したいと思います。

2021/06/30 (Wed) 12:33

ハラダ

統制されてデザインされた動きの方が凄いはずなのに、ズレが含まれる方が凄みを感じてしまう矛盾って一体なんなのでしょうか?限界超えちゃってる感?マシンではない人間味?もしくは、動きが完全に統制されると、バラつきがあるものより「情報量」が少なく見えてしまうということでしょうか?

ジャッキーチェンはどの作品も人間味があって良いですよね。ベースがコメディだからこその誇張したアクションやバカバカしい展開が、プロレス的な面白さがあって好きです。

2021/06/30 (Wed) 10:21
イーゴン

イーゴン

ハラダさん
コメントありがとうございます。
圧倒的な身体表現って、いわば、スピードと手数の「情報量」に比例するところが大きいような気がしてて、例えば大人数が一斉に踊るとか、マスゲームのように動くとか、そういうのに圧倒される生理ってあると思うんです。
でも、その統制されてデザインされた動きからあふれるように発生したズレが、例えばラップや歌唱における「フロウ」のようなもので、いわばそれがノイズだと思うんですが、そのノイズの含有量が「凄み」になるんじゃないかと思うんですよね。

例えば、私はこの映画がスゴイと思う↓
https://www.youtube.com/watch?v=RFsvdxn08wQ

2021/06/28 (Mon) 09:09

ハラダ

さっそく記事にしてくださり、ありがとうございます。
「ノイズ」という言葉がすごくしっくりときました。

それとは少しズレますが、昔から「雨に唄えば」という映画が好きでした。
ストーリーや演出がというより、圧倒的な身体パフォーマンスからなるダンスシーンが凄すぎて、今見ても「すげえ!」と興奮します。

例えばですが、
https://www.youtube.com/watch?v=XyIDxpUJ10Q
https://www.youtube.com/watch?v=qzc7vY9VTnk
2つともダンスシーンが素晴らしく、圧倒的な身体能力を持つ方々が、かなりの稽古を重ねた上で撮影しているのだと思います。
ですが、美しい画作りのグレイテストショーマンより、粗さの残るHellzapoppin’の方が圧倒的に興奮するんですよね。
これも「ノイズ」を求めるのと近い感覚があるように感じました。

こういった昔のヤバいダンスシーンみたいなものが、現代の大作映画の中にもあればいいのにと、ずっと思ってます。
僕が知らないだけであったりするんでしょうか?

2021/06/28 (Mon) 08:31