15年越しのオリヴィエ・ザーム。何度も何度も自己紹介をやり続けて友だちを作って死ぬのさ。

2022/01/12
年末の大掃除をがんばりすぎて正月3日頃まで延長した結果、我が家はずいぶんと「断捨離」が進んだ。

CDなどの円盤の類はもうとっくにどこかへ無くなっている。捨てたか売ったか貸したまま返ってこないか。
問題は「雑誌」だ。単行本や文庫本などの書籍は買い直す事もできるからポンポンと箱に入れてブックオフ行きでいいんだけどね、問題は雑誌だ。古い雑誌は手放すともう出会えないかもしれないから困る。

雑誌が好き。

大掃除が年をまたいだ理由のひとつに、「雑誌を読みふけっていた」という事情も実はある。
結局、雑誌類はほとんど捨てられなかった。押し入れの中にいまもまだある。
STUDIO VOICE、H、CUT、WIRED、relax、TIKION、DAZED&CONFUSED、VICE、装苑、IDEA、SWITCH、暮しの手帖、などなど。

TOKIONと言う雑誌を読み直していたら、オリヴィエ・ザームのインタビュー記事があった。オリヴィエ・ザームというのは、フランスで「パープル」という超オシャレな雑誌を作った人。編集長。パープルを90年代前半に創刊して、形を変えながらまだやってる。まだ格好いい。

このオリヴィエ・ザームのインタビュー記事を「なーつかーしー」とか言いながら読み返していると、当時の私の心に刺さった彼の言葉が、あらためて刺さった。というか、ずっと刺さってた。と言う感じだろうか。これだ。

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なにか既視感を感じてこのサイトの過去記事を調べたら、記事が出てきた。

15年も前の記事である。「MySpace」というのに時の流れを感じる。あったなぁ、MySpace。
とはいえ、この「MySpace」を「SNS」と変換すれば意味は損なわれないと思う。

彼は、「自分が深く愛する事に対して、同じように深く興味を持つ人々のコミュニティーを作る」ということに、とても大きな価値を見出しているのだな、と改めて思う。それは決してマーケティングではない、とても個人的なものだ。

個人が伸ばした手が、遠い誰かの手に触れる。
個人が吹いた口笛に、遠い誰かが口笛で応える。

そんなふうに生まれるコミュニティー。


オリヴィエ・ザームがいう「雑誌」とは、こういうパーソナルでインディペンデントな情報発信活動そのものを指すのだろう。
個人の価値観や感情が活動の起点であり、同時にそれがすべてでもある。

なんとなくまだイメージなんだけど、こういう雑誌的なメディアの本質って「何度も何度も自己紹介をやり続けること」なんじゃないだろうかと最近思っている。

自分はこういうのが好きです。
いまはこんな事が大事だと思っています。
あいつが好きで、こいつは嫌いで、将来はこうなりたい。

みたいな感じのことを何回も何回も発信する。
発信する側も人間だから、成長も成熟も老化もするし、やがては死ぬ。
その経年変化もひっくるめて、共感してくれる友達を何人作れるか、ということが人生の財産なんじゃないかと思う。


パープルの話からはちょっとずれるけど、いまは個人でメディアを持つのが当たり前の時代。インスタとかYOUTUBEとかPODCASTとか。共産圏や社会主義国ではどうか知らないが、日本では、まだなんでも自由に発信できる。この自由がとても尊く、そこに集まって生まれる小さなコミュニティーが尊い。


このサイトも、できるだけそういう感じにしようと思った。

メタバースなんて放っておけ。








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