朝4時半の活性化のはなし
9月は海の魚がよく釣れる時期。しかもちょうど日が昇る今この時間、朝焼けトワイライトの時間が釣れる。釣り人はこの時間を「朝マズメ(あさまずめ)」と呼ぶ。ちなみに夕方のトワイライトは「夕マズメ(ゆうまずめ)」という。朝と夕はわかるが、「マズメ」ってなんだろう。まあいい。夜が終わり朝が始まるこの短い時間、海の魚たちはお腹が空いているのか、餌に食いつきやすく簡単に釣れる。「活性化」というやつだ。釣り人にとっては楽しい時間である。
昔、とにかく金が無い学生の頃。いままさに、今日のポケットに金が無い、という事態がよくあった。「山崎製パン杉並工場」は日払いでバイト代をくれる。夕方から工場に入って作業着に着替えて事務所に整列し全員で事業理念を唱和する。もちろんその半分以上が初見なので当然唱和はグズグズ。俺たち日雇い。いま金が無い。
見たことないくらい大きなエレベーターに全員で乗り込み、上へか下へか知らないが、とにかく工場のフロアに移動。巨大な自動扉が開くと、更に巨大な空間に吐き出される。大きな大きな清潔な工場。窓がない。
割り当てられた配置に付き、窓のない巨大な空間でひたすらパンや菓子を移動させる。時間の感覚がおかしくなる。3分が30分に感じる。1時間が5時間に感じる。全身真っ白な作業着を着た大勢の男たちが黙々と機械のようにうごめく。たまに遠くから怒鳴り声が聞こえる。
時計が正しければ朝の4時半頃。朝マズメの時間。この工場フロアにエレベータが到着する。大きな自動扉が開き、中から白い作業着を着てはいるが真っ赤な帽子をかぶった、まるでタンチョウヅルの群れのような1団が、工場内に解き放たれる。
赤い帽子の一団は、全て熟練の女性工員たちだった。なるほど、女性は赤い帽子なのか。タンチョウヅルたちは、最初からそれぞれの持ち場がわかっているかのように、散り散りに工場の中に浸透していくようだった。入浴剤で真っ白になった湯船に鼻血が一滴落ちたようなピンク色の広がり。赤いおばちゃんたちの登場に工場全体が一瞬でぶわっと活気づくのを肌で感じた。ざわざわした雰囲気になった。「活性化」という表現がこれには最もふさわしい。
途方も無く長い夜を越え、時間の概念も消え、「山崎パン」そのものと同化しつつあった私には、この活性化の瞬間はスペクタクルだった。
4時半というのは「活性化」の時間。
私は今そんな時間にこれを書いている。徐々に脳は活性化し、今日一日を前向きに生きる意欲が満ちあふれてくる。脳のついでに腸も活性化するべきだ。
寝起きでなにか書こうとするとこうなる。
おはようございます。月曜日だね。がんばろうね。