ひとりでできてもできなくても
2022/09/13

かれこれもう3年間、理髪店に行っていない。コロナ禍になってから行ってない。
気に入っていた、海辺にある「波打際」という名前の床屋。気に入っていたがもう全然行ってない。
疎遠になったきっかけは「感染予防」ではあるのだが、決定的になったのは、私がバリカンを買ったからだ。
自分でやる。
ひとりでできる。
いつも心に「Do it yourself.」。そうやって生きてきた。
小器用な人間の魂には、必ずこのスローガンが掲げられているはずであり、私もその一人である。
やればできる。
「ひとりでできるツーブロック」のYOUTUBE動画を観ながら、本当にひとりでやってみる。
カチカチと目盛りを「3mm」合わせる。
電源をOFFからONにスライドさせると「ウィーン」となる。
車やバイクのアクセルをふかすように「ウィ~ン!ウィーーーン、ウィン、ウイン!」と威嚇音を鳴らしてみる。
車やバイクのアクセルをふかすように「ウィ~ン!ウィーーーン、ウィン、ウイン!」と威嚇音を鳴らしてみる。
気分が高揚してくるとともに、少し怖くなりカチカチと目盛りを「5mm」に変更。
刈り込みたくない髪の毛を頭頂部で束ねて輪ゴムで縛る。
バリカンをスタート位置に。右のモミアゲから駆け上り、耳の周りのカーブを経て、襟足まで走り抜ける。左も同様だ。
なんて気持ちがいのだろう。爽快だ。バリカンで刈り上げる行為自体が気持ちいい。取り返しのつかない行為に伴う快感である。刈り終わった箇所のジョリジョリと撫でる感触も気持ちが良い。
さて、仕上がりはどうか。
バリカンプレイが気持ちいいのはわかった。問題は、ちゃんと仕上がっているかどうかだ。
当然だが、できているわけがない。
鏡に映るのは、ただのキノコおじさんである。
ここから、妻に頼んで、上手くやってもらう。
どうやっているかわからない。
盆栽の剪定をやるように、片手で、ワンハンドで鋤きばさみを持って、「ジャッ!ジャッ!」と音を立てて、ランダムに私の頭の毛を切っている。映画「シザーハンズ」を思い出して欲しい。あれだ。
しかし、驚くほどしっかりと整ってしまう。ちゃんとしてる。
なぜだ。どうなっているのかわからない。
なぜだ。どうなっているのかわからない。
この頭で会社に行っても「美容院いったんですね」と同僚に言われる。ちゃんとしてる。
自分でやる。
ひとりでできる。
いつも心に「Do it yourself.」。そうやって生きてきた。
それは、経験を重ねるたびに小器用にもなるし、新しい事にチャレンジする際にためらう事も無く、思い切りがよい性格にもなるだろう。他者への依存や、過剰な期待や執着といったものからも距離を置けるようになるかもしれない。
しかし、最近思う。それって、豊かな事だろうか?
ひとり上手で器用な人間は、孤独になってゆく。疎遠を生むしね。
自分の不器用や、いい加減な部分、雑な部分を、むしろ大事にしたほうが良いと思っている。
誰かに助けてもらうこと、手伝ってもらう事、一緒に失敗する事、そういうのが面白いような気がする。
まだ、毎月自分でバリカンやって、失敗して、妻に仕上げてもらっている。
もし妻もさらに失敗してしまった時は、いよいよ久しぶりに「波打際」という名前の理髪店に行こう。
このひどい頭をなんとかしてもらう、という事態になる事を、少し楽しみにしている。
このひどい頭をなんとかしてもらう、という事態になる事を、少し楽しみにしている。