黒澤明映画「生きものの記録」考察
2023/10/01

私は黒澤明の映画をほとんど観たことがない。「七人の侍」と「羅生門」の2本くらいは観た気がする。ひょっとしたらテレビで「影武者」や「乱」や「まあだだよ」も観たかもしれない。しかし、ほとんど覚えていない。
クラシック、古典、巨匠。日本映画の天皇と呼ばれた世界のクロサワのことを私はなにも知らない。
幸いなことに、U-NEXTに黒澤明の作品がほぼ全部あった。
Wikipediaの黒澤明ページを読むと、黒澤明本人が自作と認める監督作品は30作品とあった。太平洋戦争の戦時下に製作・公開されて大ヒットした1943年の「姿三四郎」から始まり、1993年「まあだだよ」に至る50年間で30本だ。
なるほど、観てやろうじゃないかクロサワ30本。と、思って先週から観はじめてしまった。
最初の「姿三四郎」からまず観たが、当然のことながら画質も見難いし音も悪いのだが、「うおぉ、これが映画なんだな!」と、目が覚めるような鮮烈な凄みと創意工夫に満ちたエンターテイメントだった。80年前だぞ!凄すぎるだろ!
という事で、いくつか作品を観た中から、凄く面白かった作品をご紹介したい。
1955年「生きものの記録」だ。

太平洋戦争の終戦から10年。経済的な成長の兆しが見え始めた日本、とはいえ、この頃の日本人は、戦争の原子爆弾の恐怖をリアルタイムで知る世代である。そして、引き続き海外では水素爆弾の実験も続けられており、そのニュースは日本の新聞やラジオでも連日報じられていた時代にこの映画は作られた。同じ頃に、最初の「ゴジラ」が劇場公開されている。ゴジラも水爆の放射能の影響で生まれた怪獣として日本に登場するわけだが、そのことからも、当時の日本にとって、原子力や放射能に対する恐怖は非常にリアルでシリアスなものだったと思われる。
工場の経営で財を成し、4人の子供たちとその家族、さらに家の外にも何人も子供を持つ60過ぎの老人がいる。その老人が勝手に核シェルターを作ると言って散財したり、今度は北半球は水爆の被害が及ぶ心配があるため、一族全員でブラジルへの移住を画策する。側から見て「結構ヤバいお爺ちゃん」である。
このお爺ちゃんは、多くの従業員を抱える大きな工場の社長である。かなりワンマンで強引で頑固な男だ。
彼の息子たちは、そんな強引でクレイジーな父親に困り果て、家庭裁判所にその父親がクレイジーゆえに家の財産管理ができないようにして欲しいと申し立てを行う。しかしながら、当の父親は至って真剣である。家族を愛し、本気で水爆を心配している。水爆の放射能から逃れるため、とことん具体的に着々とブラジル移住の段取りを進める。
最終的には取り返しのつかないところまで事態はヤバくなってしまうのだが。。。
この作品で、ぶっ飛んだヤバいお爺ちゃんを演じたのは、まだ30代前半の三船敏郎。劇中全編にわたる頑固な老人っぷりも凄いが、ラストの「太陽が燃えとる!」と叫ぶシーンもヤバい。
今の時代を生きている日本人の私たちは、3.11もcovid-19も知っているわけだけれども、この「生きものの記録」に登場するクレイジーに見える老人の事を、全然クレイジーには思えないだろう。むしろ、共感してしまう方も多いと思う。
今から70年も前にこんな映画があったということがまず驚きだし、とにかく面白かったという感想に嘘は無い。
黒澤映画の現代劇は、まだこれしか観ていないので、他の作品を観るのが楽しみだ。
みなさんももしよろしければU-NEXTで観られるのでどうぞ。
▼家裁で揉めてる最中だっつーのに、父親が家族にジュース買って来て配るシーンが好き。父性。

▼海外のポスターがかっこいい。
