ドキュメンタリー映画「僕は猟師になった」/脚が曲がってもまあそれはそれで

私は魚釣りが好きです。海で釣った魚は毒が無ければ基本的には食べちゃいます。もちろん、釣った魚は自分で殺して捌いて食べます。釣った魚はできるだけ早く血を抜いて内臓を取りだしておいた方がいいです。食べるときに生臭くなるからです。馴染みのない人にとってはちょっとグロい作業かもしれませんね。でも、慣れてしまえば玉ねぎの皮をむく作業や、ゴボウの泥を落とすような下ごしらえとあまり変わらない「調理の工程の一部」になります。漁師さんや魚屋さんや魚を扱う料理人さんは毎日これを淡々とやっているわけですね。
私は、魚を「獲って殺して料理して食べる」のは、まったく平気なのですが、魚以外だとどうでしょうか?例えば、鳥、豚、牛、鹿、イノシシ、などです。…かなり抵抗感があります。ドラマ「梨泰院クラス」で、鶏をひねり殺すシーンがありましたが、画面に鶏が映っていないのに見てられない。ダメでした。
先日、"最強のサブスク"でおなじみのU-NEXTで、「僕は猟師になった」というドキュメンタリー映画を観ました。
どうやらこの作品は、NKHで放送されたドキュメンタリー番組だったらしいのですが、視聴者から大きな反響を受け、300日以上の追加取材を行って映画化された作品のようです。
内容は結構シンプルです。京都大学在学時に出会った「狩猟」にハマり、その後20年以上続けているある男性とその家族の話です。その男性の名前は千松信也さん(当時40代後半)。肩書は「猟師」。猟銃は使わず、山に分け入って罠を仕掛け、掛かったイノシシや鹿を棒で殴って気絶させてナイフで仕留める、というスタイルです。これは「わな猟」というスタイルの狩猟だそうです。
千松さんはこの狩猟で獲った獲物の肉を売る、または、近隣の田畑を荒らす害獣としてのイノシシやシカを「駆除」することで行政から報酬を得る、というようなことはしてません。
つまり、狩猟をすることを金銭に変えていないのです。
狩猟という行為をお金を稼ぐ「手段」にしていないという事です。
千松さんは、単純に「食いたい分だけ狩る」ということをしています。イノシシまたはシカを10頭獲れたら、自分と家族が一年食べる分としては十分なのだそう。山の狩猟が解禁される時期は11月から2月までの冬の4カ月間だけらしいので、その間に10頭狩って1年かけて食べおわる、という感じなんでしょうね。
小さい頃から動物が好きで、大きくなったら獣医さんとか動物園で働く人になりたかった。と、千松さんは言います。動物が好きな一方で、自分は誰かが殺した動物の肉をおいしく食べている、という状態が気持ち悪い、負い目を感じていた、とも。
だから、自分で狩る。という理屈らしいです。
上記のような問題意識の結果、例えば「私は肉を食べない」という選択肢もあるはずなのに、そうはせずに「いや、食うし、でも自分で狩る」になっているわけです。
面白い。良いですね。私はこういう思考でそういう行動を選択する人が好きです。
千松さんは狩りの最中に大怪我をします。脚の骨折です。全身麻酔で手術してボルトと鉄板で固定しないと脚がちょっと曲がったままになっちゃうレベルの骨折です。でも、千松さんはその手術を拒否してこう言います。
「自分は散々動物をわなに掛けてきた。わなに掛かった動物の中には暴れて脚を怪我して逃げてったやつもいて、それでも怪我した脚が曲がったまま山の中で生きてる。だから自分も折れた脚には添え木でもして、骨がくっついて治った時に多少曲がったり歩きにくくなっても、まあそれはそれでいいんじゃないかって。」
そして、このようにも言っています。
「もし山の狩りじゃないところで交通事故に遭って同じような怪我をしたら、手術しちゃうかもしれないですけどね。僕いい加減なんで。」
千松さんは、週に4日ほど地元の運送会社で働いています。奥さんと3人の子供がいて、京都の街からも車で20分でたどり着ける「街と山のあいだ」というちょうどいい所で暮らしています。狩猟の法も順守し、経済活動もちゃんとしています。
人間社会と自分との間で交わされているルール。山と動物と自分の間できめた掟。その両方を保ちながら生きる事がもしできたら、幸福になれるかどうかはさておき、自由は獲得できるのかもしれないな、と思いました。
なお、千松さんは自分が作ったわなの事を「作品」と表現していて、そのわながうまくいった時(完成する時)は壊れる時なんだ、とも言っていました。ここはとても面白いですね。千松さんがやっている事って、食肉に対する違和感という個人的な課題に対する解決行動が、人間社会の経済活動や倫理観に対する問題提起になっており、その「わな猟」のプロセスの面白さや文化的背景、法的に制限された道具やプロダクトの仕様のユニークさなど、全部ひっくるめてひとつの「コンセプチュアルアート」のような芸術活動をやっているんじゃないか?と思えてなりません。これは決して「ライフスタイルの提案」などではないし、動物保護や環境保全みたいな大義名分に寄っているものでもないと思います。きっと様式を追求する芸術行為なのではないかと思いました。
このドキュメンタリー映画は、自然は美しい、田舎暮らしって結構良さそうだな、という感覚を与えてくれます。「狩猟」という行為も面白そうだな、と思いました。ジビエも、天然のはちみつも魅力的。ただ残酷なシーンがちょいちょい出てきますので鑑賞するのにちょっと覚悟がいりますが、ぜひたくさんの人に観て欲しいなと思える作品でしたので、ご紹介まで。
あと、千松さんが若いころのクリストファー・ウォーケンに似てて渋い。特に、狩猟の師匠とスズメの猟に行く道中の車載カメラに映る、師匠との2ショットが苦み走ってて超渋い。私はそのショットがこの映画で一番好きな画です。
【参考】クリストファー・ウォーケン↓