イオンの屋上に車を置いてきた

2024/01/02
今日から2024年。あけましておめでとうございます。
紅白とゆく年くる年を観たあとに布団に潜り込んでこれを書いている途中で寝落ち。目が覚めてお餅とか食べて、お正月仕様のTVとか観て、午後に家族で近所のイオンに行って、実家に持ってくお年始に洋菓子の詰め合わせなどを買っていたところで、大きな地震が来た。イオンの館内放送で「2階で火災が発生」とサイレンが鳴り、お客さんのスマホから緊急地震速報の嫌なメロディーが一斉に鳴り出した。天井がひび割れて、粉のようなものがパラパラと降って来た。自動的に出入口のシャッターがゆっくりと降りてくる。出られなくなる前に、一番近い出入口から外へ脱出して歩いて帰宅。家族全員、一緒でよかった。
元日。今年はどんな年になるかな?どんな年にしようかな、というノリでこの記事を書き始めたのだが、早々に大きな打撃である。
昨年2023年はどうだったかというと、仕事も家庭も健康診断の結果もそこそこ良かったし、毎日笑って暮らせていたので、私の一年はいい感じだったと思う。家庭を営む者としては、家族のハッピーが最優先事項なので、その点でもなかなか良かったと思う。楽しくやれた。
しかしながら一方で世界は戦時下。爆煙と瓦礫の映像を観ながらあったかい飯を食う毎日。気分的には清々しくはなかった。
戦争に対して「清々しくはない」という程度の感想でいいのだろうか?とも思うけど。
例えばいま、火星人と金星人が殺し合いの宇宙戦争をしているとして、それを知った私の心は痛むだろうか?
正直なところ、ほぼ痛まない。
しかし、流れ弾が地球に向かって飛んできているとしたら超怖いし慌てる。
でも、その流れ弾が地球にぶつかるのが300年後なんだって事なら、とりあえずまあいいか、となる。
このように考えてみると、私の中にはたぶん「善な何か」も無いし、「神様的な何か」も無いのだと思う。
きっと、私にとっての社会の最小単位は「食卓」で、そこで一緒にご飯を食べる家族の安全と幸福が大事で、それ以外は「後回し」。
世の中の悪事や厄災などの「悪いニュース」に対して、自分はどういう態度であるべきか。
気をつけろ、向き合い方次第で簡単に人生は踊ってしまう。
火星と金星の戦争は一旦忘れてOKだとしても、現実の地球上の戦争であるウクライナとロシア、中国共産党と台湾と香港とチベットとウイグル、イスラエルとガザ、スーダン、ミャンマー、クルドとトルコなどについてはどうか?
正直、後回しである。
私の食卓からは遠いから。
しかしながら、アニメ「進撃の巨人」を1カ月かけて最初から最後まで観たら、とても心が痛んだ。戦争には反対だ。
さっきの地震で、近所の道路が割れて、あちこちが液状化してびちゃびちゃになってるらしい。
通行止めになってる道も結構あるかもしれない。
イオンから脱出した流れで徒歩で帰宅したから、車はまだイオンの屋上駐車場にある。
取りに行かないとな。