イーゴン自治区

桜の理由

2007/03/29
梶井基次郎の名著の一文に「桜の木の下には死体が埋まっている!」という名文句がございます。
うちの近所では桜が満開の今日このごろ、毎年の事ながらこの満開の桜というやつには「あっぱれ!」であります。なんでこんなに私の心を「あっぱれ!」とさせるのでしょうかね。
他の草花とは違う何かがあるのでしょうか。やはり、あのビッシリとコンモリと埋めつくされた感じがスペシャルなのでしょうか。
そこに加えて、暖かな春の陽気と道行くフレッシュマンのぎこちなさとがブレンドされた、いわゆる「終わりと始まりの予感」が、この桜のあっぱれ度数を釣り上げているのでしょうか。

「能書きはいい。呑めば解る。」

なんて、訳知り顔の中尾彰のように、割り切って頷ける性格なら良かったのですが、元来理屈っぽい性格ゆえに、ふと、なんでだろうかなどと考えてしまうのです。

やはり今年の「あっぱれ!」も、死体が埋まってる、ゆえに、桜は見事である。ということでお茶を濁すことにします。

ある犠牲や忌まわしさの上に成り立つ成果というのは、なんだか筋が通る気がするのは、私が日本人だからなのでしょうかね。知りませんけどね。

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