「All you need is view!」の巻
2006/08/04

ポッドキャスト配信のラジオのほうで"キョンシー"のことを言葉で説明しようとしたら
なかなか難しかった、そんなイーゴンです。
「前ならえ、の手のひらを、地面に向けて、飛び跳ねるやつ」とか
「中国のゾンビで、ラストエンペラー?の服?」とか
言葉ってのは「使う人がそれぞれに同じ辞書を持っている」
という事が前提に無いと、ほとんど意味をなさないメディア
なんだろうな、と、思いました。
例えば、
「一昨日、キャメオみたいな髪型にしました。」
どうでしょうか?あなたの辞書に"キャメオ"はありましたか?
地方性や世代などの違いによって、その情報の内容や価値観に
ズレとかギャップが生まれますが、昨今ではかなりそのへんも
多様化してきて、同世代とかいっても全然話が出来ない場合が
多々あるようですね。
まぁ、そういうのも個人的には愉快に思いますけどもね。
ただ、言葉をつかって何かを伝えるってことは、その半分以上
みなさんの持っている辞書の厚みと信用度に頼っちゃってます。
いわばこれはほとんど意味の世界で繋がる関係なんです。
一方、視覚の世界ってのもありますね。
映像の世界とでもいいましょうか。
その世界に辞書なんか要りません。
例えば冒頭の写真です。あれをあなたは見た。はいオッケー。
そういうことです。体験が全てだと思います。
上の写真は、私が勝手にgunさんという人のブログから
引っ張ってきて並べた画像です。
このgunさん、私、全く面識ございません。
どんな人で、どんな性格で、どんな声でしゃべるのか知りません。
ブログの文章で、ある程度の人となりを
伺うことは出来ますけどね。
私はgunさんのその"ほとんど写真"のブログを拝見して
最近は非常に面白がっているわけでして。
なんかいっぱいあるんですよ、いろんな写真が。
彼の見たものを、私も見た。という体験。
「あれ、いいね。」
「あ、あれね。」
体験を共有する面白さ。そしてそれが積み重なってくと
私の中に辞書ができてくるのです。
辞書というより図鑑でしょうかね。
「gun図鑑」
スイカとか、練りゴムとか、友達とか、子供とか
隅田川とか、学校とか、新宿とか、ビニール傘とか。
質より量!とかいうと語弊もあるとは思いますが
もっとたくさん見たいと思います。
それはもう意味も無く。
All you need is view!
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