イーゴン自治区

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

2010/04/18


ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を、さっきDVDで観ました。大変興味深かったし、面白かった。いや、面白くなかったかもしれない。どうだろ、わかんない。
まず、この映画を紹介する前に、なぜ、私がこの映画を観ようと思ったのかをご説明したい。
私は映画がとても好きだが、ある時期からプッツリと観るのがおっくうになってしまった。あんなにも豊かで激しかった映画への愛情や執着が、もう、何?無いのかな?っていうね。好きな監督や役者の新作が公開されても、そこまではアレですよ。映画への「気になり度数」は、例えて言うなら、実家の母親から電話がかかってきて、その話の内容が「家のテレビ、新しいのに買い替えたのよ。40インチ!」。っていうくらいの、「へぇ!でかいのかったね!」くらいの「気になり度」です。アーメン。
私が映画を観なくなってしまった理由はね、簡単です。
「2時間もジっとしてられっかよ。」
です。なんで、そんなになっちゃったのかはわかりませんが、そういう事です。
果たして、2時間もの時間を費やして、金まで払って見合う価値のある体験として考えたとき、映画ははっきり言って長くねぇか?と。つまり、長いし高いと思うようになったのですよ。
以前は、2時間でも4時間でも6時間でも、ぶっ続けで観てても全然苦痛ではなかったし、むしろ楽しくて仕方が無かったものでした。
さて、この「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を観ようと思った理由。
それは、ライムスター宇田丸の「シネマハスラー」で紹介されていたからです。
これまでシネマハスラーで紹介されてて、オススメされていた映画で観たものは2本。
「愛のむきだし」(4時間程度)
「サイタマノラッパー」(90分程度)
両方とも凄く面白かったんです。
特に「愛のむきだし」は4時間もあるんですよ!でもね、観ましたよ。
もの凄く面白くてコレ。体感時間は2時間も無いですよ。
この「愛のむきだし」の体験で、私の宇多丸氏への信用は確かなものになりました。あの男は信用できる。裏切らない男だ、と。
かくして私は、彼のレコメンドを信頼するに至り、ついには私の映画に対する信頼をも取り戻しつつあるのです。
私の人生の一時期に置いて、宇多丸氏はとても重要な人物なのだとすら思うのであります。
世界には素晴らしいものがたくさんあり、同時にその70倍くらいの素晴らしくないものがあるが、現在の私にはそれらを見分け、嗅ぎ分け、掘り当てることが出来ない。そんな中、たくさんの出会いにがっかりさせられる事も多い。「がっかり疲れ」が多くてさらに疲れる。そしてもっと良くないのが「がっかり疲れ」を回避するために「出会い」そのものに対しても面倒になってしまった事。
宇多丸氏は、そんな面倒な「がっかり」を繰り返しては、「素晴らしい」と「素晴らしくない」を正しくジャッジしてくれている。彼は素晴らしい。私に「まだまだ素晴らしいものは無くなっちゃいないぜ。」と教えてくれる。そしてもっと私を感動させるのは、彼はその毎回の出会いに対して、きっと素晴らしいものがあるはずなのだという希望を持ち続けており、私はその姿に感銘を受ける。
さて、そんな宇多丸さんが太鼓判を押す「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」。
石油を掘って大儲けした男の一代記。2時間半。
以前から疑問に思っていた事がある。
会社の経営者や政治家について思う。
「何のために会社を経営しているのですか?」と。
「何のために政治活動をしているのですか?」と。
「何をもってあなたの成功とするのか?」と。
様々な理由があるだろう。
金。ロマン。社会貢献などなど。
金や権力を手にするという事は、ある種の影響力を持つという事。
しかしながら、その「影響力」とはさらに何かを成すための手段だ。
して、その「成すべき事」とはなにか?
金を掴んで何がしたいのか。
権力を持って何がしたいのか。
私が思うに、その先っぽには絶対に個人的な欲望がある。
それは何なのかが知りたい。
自分の能力を使って、結局何がしたいのかを知りたい。
生まれたからには生きてやる。という感覚は理解できる。
酒池肉林や地獄極楽のビジョンも、理解できる。
欲望というステージにおいては、損得という計算はあれど、善や悪という観念はなんの意味も持たないと私は思うし、確信しているところもある。
その「欲望」を実行するにあたって、人間は世界と対峙する。折り合いをつけ、時には多くを敵に回す。どんな人間もその例外ではない。私もあなたもそうだろう。自分の欲求を満たし、苦痛から逃れるために、他人や社会と対峙して行動しているはずですよね。
一生懸命働いてる人も、全く働いていない人も、同じ。
自分の欲求を満たし、苦痛から逃れるためにそうしてる。
医者も人殺しも、同じ。
自分の欲求を満たし、苦痛から逃れるためにそうしてる。
多くの場合は、他人や社会と折り合いをつけて、なんとかやっているというだけ。敵を増やし、命を危険にさらすというリスクを負ってまで、欲望をまっとうしようとする人物はそうはいない。
私が知りたい事は、そんなリスクを負ってまでも満たしたい欲望とは、果たしてどのようなものなのかという事。
以前NHKスペシャル「マネー資本主義」で観たんだけど、ソロモン・ブラザーズ元会長であり「ウォール街の帝王」と呼ばれたジョン・グッドフレンドが「結局、私はしくじったのだ。」という名言を吐いたが、私は、
「え?何に?」
と、思った。
商売にしくじったのは見りゃわかるぜ。そんな事よりお前の欲望はどうなんだ?
お前は何をしようとして、どこにたどり着こうとした過程で、こうなったんだ?
その答えが知りたかった。
映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は、
そんな「欲望」と「人間の行動原理」に関する映画であり、
上記の私の問いに対して、ある一つの回答があったと思う。
なんでそこまでして、どこに行こうとしてるんだ?
お前は、なんだ?

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