チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏/村上春樹 カンガルー日和

2011/12/18
村上春樹の「カンガルー日和」という短編集がある。
1980年代初頭に書かれた連載小説をまとめたものだ。
講談社から出ているこの文庫本を、いつからか私は持っていて、
「本当に何もする事が無い時に読む用の小説」という位置付けである。

「カンガルー日和」は、18個の短編から構成されている。
その短編集の中の14個目の小説が、私は一番好きである。

「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」という短編小説だ。


主人公は、まだ結婚したばかりの貧乏な男とその妻だ。
とても貧乏な彼らは、12等分したケーキの1片のような形の、
細い三角形の土地の上に建つ古い借家を借りる。
2本の線路の分岐点に建つその家で彼らは、
朝も昼も夜中も、絶え間なく走る電車の騒音に挟まれて暮らす。
古くてすきま風が吹く部屋の中で、夫婦は抱き合って眠る。
春になり、鉄道のストライキのおかげで電車が運休になると、
夫婦は束の間の静かな幸福を楽しんだ。
彼らは2年ほどそこで暮らした。

こんなふうな、短い思い出話のような小説だ。

私はこういう小説が好きだ。
短くて、なんて事の無いエピソード。

小説は短いほうがいいね。
長いと眠くなるからね。

私がこの小説の中で一番好きな部分は、このタイトルだ。

チーズ・ケーキのような形をした「僕の家」、では無い、
チーズ・ケーキのような形をした「貧乏」、でも無い。
チーズ・ケーキのような形をした「僕の貧乏」である。


この「僕の貧乏」という表現が、小説家のエスプリだ。


あの頃の私の貧乏の形は、どんなだっただろうか。
これからの形は、どんなだろうか。




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