イーゴン自治区

そのために、私は車に乗る必要があったのだ。

2012/04/24
今月は、初めての事が色々あった。
娘が生まれた。出産に立ち会ってハサミでへその緒を切った。車を買って駐車場借りた。転職先に出社し始めた。
そして、これらに付随するように、こまごまとした「初めて」がたくさんある。

自ら、人生にダイナミックな変化を起こすと、必然的に成長する事を余儀なくされるのだな。
今までは必要なかった物事も、環境が変われば逆に必要になる場合もあるし、また、必要だった物事が必ずしもそうではなくなる、という事だ。

全く新しい事も起こった。
例えばそれは、自分が誰かの「親」になるという事もその一つだ。
こりゃ、成ってみないと絶対にわからない心情だなと思ったし、それと同時に、今後一生取り消す事が出来ない存在に、とうとう成ったのだな、という感慨もある。
我が子は「目に入れても痛くない」とはよく言ったものだ。目なんか楽勝、尿道に入れても痛くないぜ、という程の愛がここにある。
我が子を尿道に入れる事が果たして愛なのかどうかという議論はさておき、また、どうしてもさすがに痛いだろうという本音もさておくが、つまり私は、自分の目や尿道に我が子を入れる必要に迫られる状況がもし来たら、そうさ、やってやるぜ、ということを申し上げたかった次第である。ていうか、そんな状況はないな。

車の運転がとても苦手で、もう一生車なんて乗らんぞ、と、頑なに凍てついていた私の心にも、雪解けの季節が訪れようとしている。
地方都市はほとんど車社会であり、それが前提条件となっているため、私も例外無く、その住人と成らざるを得ない状況になった。怖いし、嫌だった。なんとか避けて通れないものかと渋ったが、いよいよあきらめて運転の練習もして、小さな中古車だけど車も買った。住居とは別に駐車場も契約した。必要に迫られると、人間は頑張る。しかしながら、私を車に乗せたのは「ここが車社会だから」ということだけでは必ずしも無く、「父親になったから」という理由も大きかった。
私が持っている父親のイメージを構成する要素の一つに「車の運転」がある。
我が子を何処へでも連れて行ける。
我が子を何処へでも迎えに行ける。
そういう具体的な力を手に入れる事が、父親になる条件のような気がしたからだ。

私はそのため、運転が出来る父親になるために、自分の父親に助手席に乗ってもらい、運転の練習に付き合ってもらった。妻の父親にも付き合ってもらった。そのおかげで、ある程度普通に運転する事が、ようやくできるようになった。

父親になるための方法は、父親達が教えてくれた。
ありがとう、父親達よ。

妻も子も、まだ今の私が運転する車に乗った事が無い。
特に妻は、私が車を運転すること自体をとても心配している。

もっと運転が上手になって、早く妻と子を乗せて、デパートとかドライブスルーとか寺泊鮮魚センターとか弥彦スカイラインとかに行きたい。

今日は初めてセルフサービスのガソリンスタンドで給油した。
「レギュラー満タン」にしたらガソリンがガンガン出てくるので、このまま給油口から溢れてしまったらどうしよう!と、すこしビビりながらやった。

明日も仕事。新しい仕事。



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