僕らが二度と純粋を手に入れられなくても

2012/07/22
映画「ダイ・ハード」のブルース・ウィリスは、劇中でナカトミビルの排気ダクトの中を這いずり廻り、その顔や、その真っ白だったランニングシャツを、どんどん真っ黒に汚してゆく。
「ちくしょうめ、なんで俺がこんな目に。。」とブツクサ文句を垂れながらも、その普通の警官は、やがてヒーローになってゆく。

私は小学校高学年の頃に、地元のスーパー銭湯的な施設の換気ダクトの中に潜入した事がある。もちろんダイ・ハードの影響だ。漫画みたいな話だが、私が潜り込んだそのダクトの出口は女湯の脱衣場だった。自分の家族以外の女の裸を見たのは、その時が初めてだった。
太った全裸のおばさんに換気口の出口の格子を外から開けてもらい、脱出に至ったわけだ。
あのビジュアルショックは、二度と忘れられない(Unforgettable)。「毎度おさわがせします」や「志村けんのバカ殿様」で見たような、ハーレム的なビジョンでは決して無く、なんというか、まぁ、アレである。


息の詰まるような細くて狭くて暗い通路を進む。

一筋の小さな光、風の気配、またはカレーライスの匂いなどを、少しずつたぐり寄せるように前へ進む。出口の向こう側にどんな風景が待っているのか、わからなくても進む。
人生には、このような通路を通らなければいけないタイミングが必ずある。その通路の長さには個人差もあると思うが、誰しもが経験する事だろう。

「ここは何処なのか?あの光の向こうは、一体何処なのか?」
わからない。わからないから恐ろしい。

しかしながら、息の詰まるような細くて狭くて暗い通路を進んでいる過程が、必ずしも孤独であるとは限らない。

↓きっと、こういう事もある。


あら、いいですね。
暗闇から手を伸ばして光に向かってっゆくことが、ストイックでなくても別にいい。この娘のお尻を眺めながら、結果的に出口に近づいていればいいのだ。

例えば君が今、暗くて狭くて苦しい通路の中にいたとしても、孤独でいる必要は無いし、純粋である必要も無い。
それは、きっと大丈夫なんだ。わかるだろ?

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